大判例

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札幌地方裁判所 昭和49年(ワ)1278号 判決

原告

上山試錐工業株式会社

右代表者

上山博明

右訴訟代理人

杉之原舜一

被告

栗中工業株式会社

右代表者

栗中孝

右訴訟代理人

山根喬

外一名

主文

被告は原告に対し金七八三、〇〇〇円およびこれに対する昭和四九年一二月一四日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。

この判決は原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

一、原告は、「被告は原告に対し、金一、〇四四、〇〇〇円およびこれに対する訴状送達日の翌日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに右判決第一項につき仮執行の宣言を求め、請求原因として、

(一)  原告は各種さく井工事その他の事業を行つている会社であり、被告は砂利採取販売の事業を行つている会社である。

(二)  昭和四九年六月二五日本件当事者間に、被告は発注者、原告を受注者として、次の各契約が締結された。

1  深さ八〇メートルのさく井工事(パイプ挿入、泥水汲取、水質検査まで)の請負契約

2  水中モーターポンプ一式の納入および右井戸への取付工事の請負契約

3  圧力タンク一基納入契約

(三)  前項の契約代金は総額二、三〇〇、〇〇〇円であり、その支払方法は、着工時に三〇〇、〇〇〇円、昭和四九年七月二五日に三五〇、〇〇〇円、同年八月から同年一二月まで毎月二五日限り三三〇、〇〇〇円宛支払う約であつた。

(四)  原告は右さく井工事(以下本件さく井工事という。)を昭和四九年七月二五日ごろ完成した。なお右工事は物の引渡を要しない。

(五)  本件さく井工事請負代金は一、三四四、〇〇〇円であるところ(さく井工事費のほか運搬費五〇、〇〇〇円、諸経費二九一、〇〇〇円を含む。)、原告はそのうち三〇〇、〇〇〇円を支払つた。

(六)  よつて原告は被告に対し、右請負残代金一、〇四四、〇〇〇円とこれに対する弁済期後である訴状送達日の翌日から商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

と述べ、被告の主張に対し、被告が昭和四九年一一月一四日付書面をもつて原告に対し、原告において飲料水を湧出すべき契約を履行することが不能であるとして前記各契約を解除する旨意思表示したことは認めるが、原・被告間にそのような契約が存しないのであるから右の意思表示は無効であると述べた。

二、被告は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、請求原因に対する答弁として、

(一)  請求原因(一)の事実は認める。

(二)  同(二)の事実は否認する。ただし原告主張の日時に主張の各工事を内容とする一個の請負契約及び圧力タンク一基の納入契約を締結した事実は認める。

(三)  同(三)の事実中右各契約の契約代金総額が二、三〇〇、〇〇〇円であつたことは認めその余は否認する。

(四)  同(四)の事実は否認する。

(五)  同(五)の事実は争う。

と述べ、主張として、

前記契約は飲料水を湧出させることを目的とし、原告において飲料水が湧出することを保証してなしたものである。しかるに、さく井の結果飲料水を湧出させることが不可能であることが判明した。よつて被告は昭和四九年一一月一四日付文書をもつて原告に対し契約の履行不能を事由として右各契約を解除する旨意思表示し、右は同月一六日原告に到達し、右契約は解除された。それ故被告は原告に対し原告主張の金員を支払うべき義務はない。と述べた。

三、証拠〈略〉

理由

一請求原因(一)の事実は当事者間に争いがなく、また、契約の個数の点は別として、昭和四九年六月二五日本件当事者間に、被告を発注者、原告を受注者として、本件さく井工事、水中モーターポンプ一式の納入及び右井戸への取付工事並びに圧力タンク一器の納入に関する契約が成立したこと、右の契約代金総額が二、三〇〇、〇〇〇円であることも当事者間に争いがない。

二右争いのない事実に、〈証拠〉によれば、右圧力タンクの納入は純然たる売買契約であるが、本件さく井工事と水中モーターポンプ一式の納入及びその取付工事は一個の請負契約の内容をなすものであること(以下両契約を一括して本件契約といい、右請負契約については本件請負契約という。)、原告は本件契約を締結した直後である昭和四九年七月二日ごろ本件さく井工事に着工し、同月二五日ころまでの間に、契約規格である口経一〇〇ミリメートル、深度八〇メートルのボーリングをしたうえここにパイプを挿入し、次いで泥水吸取及び水質検査を行つたこと、そして右さく井工事は工程的には右水質検査をもつて終了するものであること、しかるところ右水質検査の段階で本件当事者間に紛争が生じ、原告において、いまだ水中モーターポンプの納入及びその取付工事を完了していないことがそれぞれ認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

三次に、被告が原告に対し昭和四九年一一月一四日付書面をもつて飲料水湧出契約の履行が不能であるとして本件契約を解除する旨意思表示をしたことは当事者間に争いがないところ、この事実に、〈証拠〉を総合すれば次のとおり認めることができる。

1  さく井業界においては、顧客が飲料適水の湧出することを欲してさく井を依頼する場合であつても地下水の水質についての推定が極めて困難なところから一般に水質を保証せず、さく井の結果飲料適水が湧出しない場合には別途契約を締結し浄化装置をつけるなどし、もつて湧出水を飲料適水に変えるようにしているものであり、原告においても昭和三四年六月の創業以来かつて水質保証をしてさく井工事を請負つたことがないこと、

2  被告は雨竜郡沼田町字沼田の自社所在地に井戸を掘つて飲料用水をえたいと考え原告に本件さく井工事等を依頼したのであるが、本件契約の締結に当つた原告の従業員村井良範は、前項の諸点や沼田町の水質が元来良くないこと、そして原告が昭和四八年末に同町字沼田所在の工業団地(本件さく井工事地点から約二キロメートル離れている。)において八〇メートルさく井した際飲料適水の湧出をみたものの本件さく井工事の直前である昭和四九年五、六月に同町字沼田において九〇メートルさく井したにも拘わらず飲料適水が湧出しなかつたことなどを考慮し、被告代表者から右意図を聞き知つたが、「掘つてみなければ飲料に適する水が出るかどうか判らない。」旨申し向けて水質保証をしなかつたこと、また本訴請負契約締結にあたりさく井深度を八〇メートルとしたのは、同町字沼田における右二例に照らし本件さく井工事地点においても地表下約八〇メートルの位置に常水層があると推定できたからであつて、決してその位置に飲料適水があると判断したからではないこと、

3、原告において前記のとおり本件さく井工事を行いその湧水について水質検査をしたところ、そのままでは飲料水に適さないことが判明したので、被告に対し、浄化装置を取付けるか或は更に増掘りをするかについてその意向を打診し、あわせて現状においてさく井工事費を清算してもらいたい旨及び増掘りする場合には増加工事費のうち幾分かを原告の負担としてもよい旨申し入れたこと、しかし被告の態度が下記のとおりであるので、井戸に取付けるため本件さく井工事現場に運搬、用意していた水中モーターポンプを同年八月上旬ごろ持ち帰り以来その取付けをしないまま推移しているものであること、

4  他方被告においては、原告からの前記打診、申し入れに対し、原告が八〇メートルのさく井により飲料水が湧出することを保証したと主張し、浄化装置の設置に応ぜず、また増掘りについては飲料適水が出た場合に始めてさく井工事費の負担について協議しそれまでは工事費を支払わないとの態度をとり、更には同年一一月一四日付書面をもつて原告に対し契約の履行不能を理由に本件契約を解除する旨意思表示し、仮に原告が水中モーターポンプの取付工事を実行しようとしてもこれを受容する態度にないこと、

以上のとおり認めることができ、被告代表者尋問の結果(二回)中右認定に反する部分は措信し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

四さて請負者は約定の仕事を完成のうえこれを注文者に引渡すと引換に(引渡しを要しないときは仕事の終了後)報酬を請求しうるものであるところ(民法第六三三条、第六二四条)、前記認定のとおり原告において水中モーターポンプの取付を完了していない以上本件請負契約にかかる仕事を完成していないというほかはなく、そうであれば被告に対しその報酬を請求しえない筈である。

しかしながら、原告が水中モーターポンプの取付を完了しないのは前記認定の被告の態度に基因し、しかも前記認定事実に照らし被告が右の態度をとることは何ら合理的理由がないのであるから(すなわち、前記認定のとおり原・被告間に飲料水湧出の合意が成立していないのであるから、本件さく井工事が工程的に完了した以上原告がこれに水中モーターポンプを取付けることについて被告は拒みえない筈であり、また右の合意があるのにその履行が不能であるとしてなした前記契約解除の意思表示はその前提を欠き無効である。)、本件請負契約にかかる仕事が完成しない責を原告に負わせるべきものではない。翻つて被告の前記認定の態度に照らし、今後原告をして水中モーターポンプの取付を完了させてもつて請負にかかる仕事を完成させることは、同ポンプの取付を欲しない被告に徒らに経済的苦痛を加えるだけであつて無意味である。かかる事情下にあつては、原告がその請負にかかる仕事を完成しなくても、現に施行した工事に相応する報酬請求権を認め、かつそれで足りるとするのが信義則にかない衡平であると解する。

なお被告は、前記契約解除の意思表示により本件契約が解除されたから原告に対し請負代金を支払うべき義務がない旨主張するが、右意思表示が無効であることは前記認定のとおりであるから右主張は採用できないのである。

五そこで原告の施工した工事に相応する報酬を検討するに、前記認定のとおり本件さく井工事は工程的に完了しているところ、〈証拠〉によればその工事費は一、〇八三、〇〇〇円であることが認められるから、これをもつて右施工の仕事に相応する報酬とするのが相当である。なお原告は右さく井工事費のほか運搬費五〇、〇〇〇円、諸雑費二九一、〇〇〇円が本件さく井工事の報酬になる旨の主張をするところ、なる程本件契約の契約書である前掲甲第一号証には契約代金の内訳として運搬費五〇、〇〇〇円、諸雑費二九一、〇〇〇円と記載されていることが明らかであるが、原告代表者尋問の結果(第一回)により右の運搬費とは井戸掘さく用機械のほか売買物件たる圧力タンク一基の運搬費用を指すものと認められるのに、原告において右圧力タンクを被告に運搬納入していないことが弁論の全趣旨により明らかであるうえ右掘さく機械の運搬費が右五〇、〇〇〇円のうち幾許を占めるのか証拠上明らかでないし、また右の諸雑費についても本件さく井工事に関するものであるか証拠上明らかでないから、右の点に照らしても右運搬費及び諸雑費相当額を前記工事に相応する報酬として認定することは困難である。

次に、証人村井良範(第一回)及び被告代表者尋問の結果(第二回)によれば、原告は本件請負契約の請負代金の内払いとして被告から三〇〇、〇〇〇円の支払いを受けたことが認められ右認定に反する証拠はないから、前記金額からこれを控除すべきものである。

六してみれば、原告の被告に対する本訴請求は、残額七八三、〇〇〇円及びこれに対する本件さく井工事終了後でありかつ被告に対する本訴状送達日の翌日であること本件記録上明らから昭和四九年一二月一四日から完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を求める限度で理由がある。

よつて右の部分に限り原告の請求を認容しその余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法第八九条、第九二条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。 (藤原昇治)

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